Angloのブログ

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【論文】"1984"で分かる、コントロールされている人

今回は第二次世界大戦という人類史上最悪の戦争が終わって直後に出版された “1984” について述べさせて頂きたい。

この小説は系譜としてはディストピア小説ということになる。当時の時代思潮としては、終戦後、枢軸国の軍事的脅威が薄れ、共産主義というイデオロギー、国で言えば旧ソビエトへの警戒が高まっていった時期である。よくあるジョージ・オーウェルのイメージとしては、共産主義批判や旧ソビエト批判の人、というものがあるだろう。また、彼の作品は、イギリス労働党への批判と解釈されたこともあった。勿論、そういった側面が全くないわけではないが、オーウェル自身は解釈の矮小化を少なからず恐れていたようだ。彼が Francis A. Henson にあてた手紙には“1984” に関することが次のように書かれている。 ‘The scene of the book is laid in Britain in order to emphasise that the English-speaking races are not innately better than anyone else and that totalitarianism, if not fought against, could triumph anywhere.’ 「英語を話す人種が生まれつき他より優れているわけではないことと、全体主義はもし戦わなければ、どこであっても勝利できてしまうことを強調するために、小説の舞台はイギリスにしてある。」(Orwell, p.546)このように、オーウェルが批判していたのは、旧ソビエトイギリス労働党共産主義などに関するものだけでは決してない。国、人種、言語すべて関係なく、個人の自由は簡単に奪われてしまうということだ。

主人公のウィンストン・スミス(Winston Smith)は真理省(Ministry of Truth)で働いている。過去の歴史記録や新聞を最新の党の発表により書きかえ、党の言っていることは全て正しいという状態を作る省である。真理省と聞くとフィクションのように聞こえるが、公文書改ざんという形で現在の日本の財務省国土交通省でも起こっていることである。

オーウェルが小説の中で描いている大衆をコントロールする手法は、政治家だけが使うわけではなく、大手広告代理店やその他民間企業なども連携して今日でも使われている。それらの手法は今もそこまで変わっていないどころか、進化し続けているようにも見える。

例えば短いフレーズを並べる手法だ。小説の中ではこのようなフレーズが挙げられる。

 

戦争は平和である (WAR IS PEACE)

自由は屈従である (FREEDOM IS SLAVERY)

無知は力である (IGNORANCE IS STRENGTH)

 

政府が何かしら短くて耳に残りやすいプロパガンダを並べているものは、個人的な体験で恐縮だが、上海を歩いている時にもよく見かけたものだ。1940年代の日本であれば「欲しがりません、勝つまでは」や「ぜいたくは敵だ」などが有名であろう。

現在に当てはめると、まず思いつくのは米国のトランプであろう。彼の ‘Make America great again.’ などの短いフレーズは我々の耳に強く残る。しかも「具体的にどういう政策で?」などの疑問はかき消されてしまう。参考までに付け加えると、トランプ政権発足後 “1984” の売上はアメリカで上昇した。日本政府も「人生100年時代」「貯蓄から投資へ」のような聞き心地の良い言葉を並べることが多い。日本の財政難などを考慮して論理的に考えれば「日本の年金制度は破綻するので、年金は払えません。」と解釈するのが妥当だ。しかしオーウェル的に考えると「年金制度は破綻しません。年金は払えません。」という二重思考(doublethink)が求められていることになる。

次に、小説 “1984” においてニュースピーク(Newspeak)という思考の自由を奪うための言語がある。このニュースピークは英語がベースになっているが、語彙を減らしたり、「真理省(Ministry of Truth)」のような公共機関を「ミニトルー(Minitrue)」のように短く略して言いやすくしたりと、自由な思考を奪っていく。小説の中の世界では「自由」などという概念も消されているので、あたかも国民が自分の意思で思想を選び取っている錯覚まで与えられている。現実的に考えると政府の方針で自国語の語彙を減らしていくことは難しいだろう。しかし、話す言語によって思考や言動がコントロールされることはある。例えば日本語には極端に相手を貶す言葉が少ない。日本語以外の言語には大抵、罵り言葉が豊富なバリエーションで用意されている。日本語話者は本人の意思とは別に、その言語によって悪口が下手になるのだ。

また、“1984” の中ではテレスクリーンという監視カメラとテレビを兼ねたような装置が登場する。プロパガンダを流し続け、思想犯罪(crimethink)をチェックするのだ。現在に置き換えて考えてみることはできないだろうか。GoogleなどはAIによってユーザーの好みをチェックし、そのデータをもとに広告を出し、物品の販売を促している。我々は、自分の趣味に合ったものを見せられ、あたかも自分の意思で決定しているように、より巧妙に行動をコントロールされていると言えないだろうか。まさに “Big Brother (Google) is watching you.” である。

近年TikTok, TwitterなどのSNSは、短くて理解しやすいフレーズでユーザーに生理的快感を与え、論理的思考を容易に奪ってしまう。これを政治利用したらどうなるか、この小説の世界観で考えてみると容易に予想できる。オーウェルが描いたディストピアは現在進行中と考えた方がいいだろう。